
2024年9月5日(木)に開催されたセミナーをコラム化した記事です。アーカイブセミナー本編では、本コラムでは記載していない「質問回答&パネルディスカッション」も収録していますので、是非お申し込みください。
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第1回 データの輸出管理規制
<セミナー概要>
データ利活用ビジネスにおいては、データ解析を目的として、米国子会社の保有する該当データを日本の本社に移転する、あるいは、日本法人が保有するデータを提携先の外国会社に提供したり、データ解析を行うAIやソフトウェア自体を国内外の拠点のサーバで稼働させたりと、国境を跨ぐデータおよびソフトウェアの取扱いが発生することが考えられる。
やりとりされるデータの中には、機微な技術的情報が含まれていることもあり得るし、AIやソフトウェアは軍事転用の可能性もあるため、一定の場合には、各国の輸出管理制度の適用があることに留意しなければならない。
今回のセミナーでは、データ利活用ビジネスに関与する日本の事業者が特に留意すべき日本の輸出管理規制と米国の再輸出規制について取り上げ、前半では執筆者に書籍解説、後半では、事前質問に対する回答とパネルディスカッションを行う。
<無料>
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目次
Ⅰ.日本の輸出管理規制
1 輸出管理の対象
日本法では、外国為替及び外国貿易法(外為法)が輸出管理を規制している主要な法律ですが、外為法上、輸出管理は大きく2つの枠組みに基づいて規制されています。1つは貨物の輸出に関する規制、もう1つは技術の提供に関する規制です。

(1)貨物の輸出
貨物の輸出に関しては、外為法で指定された規制対象貨物の輸出には、経済産業省の事前許可が必要となります。この規制は、一般的な輸出だけでなく、製品サンプルの輸出や、担当者による手荷物での持ち出しなど、幅広い行為に適用されます。
(2)技術の提供
技術の提供に関しても、貨物と同様に、外為法で指定された規制対象技術の提供には、経済産業省の事前許可が必要となります。この規制は、研修生への技術指導、設計データや設計書のメール送信など、幅広い行為に適用されます。
2 法令の体系
輸出規制の法令体系について、大まかにご説明いたします。
まず、最上位法である外国為替及び外国貿易法(外為法)が、輸出規制の全体を規定しています。

次に、外為法で定められた規制対象となる貨物と技術の具体的な種類は、政令である輸出貿易管理令(輸出令)と外国為替令(外為令)で詳細に定められています。輸出令では規制対象となる貨物の種類を、外為令では規制対象となる技術の種類を、それぞれ指定しています。
さらに、これらの政令で定められた種類は、比較的大枠を示したものであり、具体的なスペックについては、省令である貨物等省令で詳細に規定されています。
これらの法令の解釈については、経済産業省貿易経済協力局が発行している「輸出貿易管理令の運用について」という通達を参考に、実務上判断が行われています。
このように、輸出規制の対象となる貨物や技術を特定するには、複数の法令を照らし合わせる必要があり、実務上、混乱を招きやすい状況です。
この輸出規制の枠組みには、大きく分けてリスト規制とキャッチオール規制の2種類があります。以下、それぞれについてご説明いたします。
3 リスト規制
リスト規制は、先ほどご紹介した省令で、規制対象となる貨物や技術を具体的にリスト化しているものです。
具体的には、兵器開発などへの転用可能性が高い性能を持つ貨物や技術がリストに記載されており、リストに該当する貨物の輸出や技術の提供には、事前許可が必要となります。

リストへの該当性判定は、製品の細かいスペックを詳細にリストと比較する作業であり、「該否判定」と呼ばれます。経済産業省のホームページには、この判定を支援するための詳細なエクセルスプレッドシートが公開されており、技術的な知識を持つ者が、対象となる貨物や技術が規制対象に該当するかを判断します。
リストに挙げられる品目は、武器や原子力だけでなく、先端素材、材料加工、エレクトロニクスなど、幅広い分野に及びます。特に、コンピュータや集積回路など、ビッグデータ関連の技術を取り扱う企業は、リストへの該当性に注意が必要です。
ただし、リストに該当しないと判断された場合でも、次のキャッチオール規制の対象となる可能性があり、その場合はやはり事前許可が必要となります。
4 キャッチオール規制
キャッチオール規制は、リストに掲載されていない貨物や技術であっても、大量破壊兵器などの開発に転用される恐れがあると判断された場合に適用される規制です。

キャッチオール規制の適用には、大きく分けて客観要件とインフォーム要件の2つの要件を満たす必要があります。
客観要件とは、輸出先の国やエンドユーザー、そして輸出する貨物や技術の用途が、大量破壊兵器などの開発に悪用される可能性があるかどうかを総合的に判断するものです。

インフォーム要件とは、経済産業大臣から、輸出しようとする貨物や技術が大量破壊兵器などの開発に悪用される恐れがあると通知されている場合を指します。
つまり、客観要件とインフォーム要件の両方を満たす場合、キャッチオール規制の対象となり、事前許可が必要となります。

ただし、例外として、グループA国(ホワイトリスト)への輸出については、キャッチオール規制が適用されません。グループA国は、輸出管理体制が確立されており、大量破壊兵器の拡散防止に協力している国とみなされています。2023年7月に韓国が追加され、現在27カ国がグループA国に指定されています。
以上が外為法上どのような貨物・技術が輸出管理規制の対象となっているかの大枠の考え方のご説明となります。
5 安全保障貿易管理小委員会「中間報告」
2024年4月24日、産業構造審議会通商貿易分科会において発表された中間報告では、現行の外為法による規制が、現在の経済状況の変化に対応しきれていないとの指摘がなされました。
報告書では、現行法の限界を克服するため、抜本的な法改正や制度改革が必要であるとの提言がされており、今後、具体的な制度変更に関する議論が活発化すると予想されます。
企業は、この動向を注視し、自社の事業への影響を十分に検討していく必要があります。
Ⅱ.米国の輸出管理規制
1 米国の輸出規制法令と管轄機関
各国の輸出管理は、日本の輸出管理と大枠は似ており、ワッセナー・アレンジメント(Wassenaar Arrangement)に基づいた国際的な枠組みの中で、各国が足並みを揃えて規制を行っています。しかし、具体的な制度は各国で異なり、米国は特に複雑な体系を持っています。
米国では、輸出管理は主に商務省産業安全保障局(BIS)と国務省防衛取引管理局(DDTC)の2つの機関が分担しています。BISは、両用品や機微度の低い軍事品目の一部を管轄し、輸出管理規則(EAR)に基づいて規制を行っています。一方、DDTCは、機微度の高い軍事品目を管轄し、武器国際取引規則(ITAR)に基づいて規制を行っています。
そのため、輸出する品目がどちらの機関の管轄に該当するのかを正確に判断することが重要です。
米国でも、日本と同様に、規制対象品目をリスト化しています。このリストは、商務省統制品目一覧(CCL)と呼ばれ、定期的に改訂されています。
近年、米国では、ワッセナー・アレンジメントの枠組みを超えて、新興技術を含む幅広い分野の品目を規制対象とする動きが活発化しています。2018年の輸出管理改革法(ECRA)では、AI、バイオテクノロジー、リモートセンシングなど、新たな技術が規制対象に加えられました。
しかし、これらの新興技術の定義は非常に難しく、規制の対象範囲は今後も変化していく可能性があります。特に、AIについては、その定義の曖昧さから、具体的な規制が遅れているのが現状です。
このように、米国の輸出管理は、複雑かつダイナミックに変化しているため、企業は常に最新の情報を入手し、適切な対応を行う必要があります。
2 再輸出規制
米国では、再輸出規制という、他の国にはない独自の規制があります。
通常、米国から日本へ製品を輸出する場合には、米国の輸出許可が必要となります。しかし、米国再輸出規制は、一度米国から輸出された製品や技術が、日本から第三国へ再輸出される場合にも、米国の許可が必要となる場合があるというものです。

この再輸出規制には、「みなし輸出」という概念も含まれています。これは、米国籍の者が、日本国内で外国籍の者に技術を提供する場合も、米国からその外国へ技術が輸出されたとみなされるというものです。つまり、技術の提供を受ける者の国籍が重要であり、居住国は問われないということです。
ただし、すべてのケースで米国の許可が必要となるわけではありません。「デミニミスルール」(De minimis rule)という例外規定があり、米国製の部品やソフトウェアが製品全体の価値の25%以下の場合は、再輸出許可が不要とされています。
このデミニミスルールにより、企業は、製品に含まれる米国製部品やソフトウェアの価値を評価することで、再輸出規制の対象となるかどうかを判断することができます。
このように、米国の再輸出規制は、日本法とは異なる点が多く、企業は、製品の輸出だけでなく、国内での技術提供に関しても、米国の規制に注意を払う必要があります。
3 エンティティリストの拡大
他にも、アメリカには、特定の企業や個人への輸出を禁止する「エンティティリスト」という独自の規制があり、常に更新・拡大されています。

このリストは、米国政府が米国の国家安全保障上の利益に反する行為に携わっている(あるいは、その恐れがある)と判断した団体・個人をリスト化したもので、それらに米国製品(物品、ソフトウェア、技術)を輸出・再輸出などを行う場合には、米国当局(BIS)の事前許可が必要となります。
4 「技術」の定義
米国における「技術」の定義は、日本の法律と比べて非常に広範です。米国の輸出管理法では、「技術」は、物品の開発、生産、使用、運用、設置、保守、修理、オーバーホールなどに必要な情報と定義されています。
この定義は、設計図、図面、写真、さらには口頭での説明など、様々な形態の情報を網羅しており、広範な情報を包含しています。


「技術」の定義については、注記に説明があります。それによると、「技術」は、有形・無形を問わず、様々な形態で存在し得るとされています。具体的には、設計図、図面、写真、さらには口頭での説明や、電子媒体に保存された情報なども含まれます。
また、既存のアイテムの設計を変更した場合、これは新しいアイテムが作成されたということになるので、 独立した技術として扱う必要があるとされています。
日本法の運用においては直接は関係ないですが、こういった米国の概念というのも参考にして実務を組み立てていくということが考えられます。
5 事例の紹介
米国では、非営利団体ディフェンス・ディストリビューテッドが銃の3Dプリンター設計図をインターネット上で公開し、物議を醸しました。

この行為は、武器国際取引規則(ITAR)のテクニカル・インフォメーションの輸出に該当するとして刑事訴追され、最終的には和解金で決着しましたが、この事例は、3Dプリンターによる銃器製造に関する技術情報の公開が法的リスクを伴うことを示しています。
ただし、輸出管理には様々な例外規定があり、技術情報の一般公開は規制対象から外れる可能性があります。
6 機微技術DDでのマッピング
輸出管理体制を構築する上で、輸出管理そのものに注意を払うだけでなく、まずは機微な技術の棚卸し、マッピングが不可欠です。企業内のあらゆるフェーズにおいて、取り扱う技術の特性に応じた規制を洗い出し、それぞれの規制に対応した社内規則や契約書を整備する必要があります。

企業によって置かれている状況は様々です。例えば、研究開発フェーズにおいて、外国企業との共同研究や、大学との産学連携、さらには外国政府との関わりなどが想定されます。
これらの状況においては、意図せず無許可輸出をしてしまうリスクを十分に考慮する必要があります。従来の貨物管理と異なり、技術は目に見えないため、その取扱いを誤ると法規制に抵触する可能性があります。そのため、企業は自社の事業全体を俯瞰し、輸出管理に関するリスクを洗い出し、適切な対策を講じることが不可欠です。
7 セキュリティ・クリアランス制度
セキュリティ・クリアランス制度が今年法律として制定され、来年春から夏にかけて施行される予定です。この制度は輸出管理とは異なりますが、政府が安全保障上重要な技術と認定した情報については、これまで規制対象外であったものが規制される可能性があります。そのため、自社の情報がその対象となる可能性を注視していく必要があります。

Ⅲ.さいごに
輸出管理は、貨物だけでなく技術の提供も対象とし、リスト規制とキャッチオール規制という2つの枠組みで厳しく管理されています。特に、米国の輸出管理は、再輸出規制やエンティティリストなど、日本とは異なる独自の制度が存在するため、注意が必要です。
近年は、AIなどの新興技術の規制が強化されており、企業は自社の事業内容を常に精査し、最新の法規制に対応した輸出管理体制を構築することが求められています。
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TMI総合法律事務所 パートナー 弁護士
学習院大学非常勤講師
2009年にTMI総合法律事務所入所。2013年からGeorgetown Law Center(International Business and Economic Law専攻)に留学。WilmerHale法律事務所(ワシントンDCオフィス・通商チーム)、経済産業省・通商機構部に出向し、TPP、日欧EPA、RCEP等の交渉(関税、アンチダンピング等、国有企業、デジタルトレード)及びWTO紛争解決手続を担当を経て、TMI総合法律事務所復帰。復帰後に国際商業会議所(ICC)通商・投資政策委員会委員に就任。主な業務は、輸出管理、M&Aの投資規制、海外進出支援、税関・アンチダンピング対応、不正調査対応、情報法、国際仲裁・訴訟、国際契約作成など。

TMIプライバシー&セキュリティコンサルティング 代表
TMI総合法律事務所 パートナー弁護士
クラウド、インターネット・インフラ/コンテンツ、SNS、アプリ・システム開発、アドテクノロジー、ビッグデータアナリティクス、IoT、AI、サイバーセキュリティの各産業分野における実務を専門とし、個人情報保護法に適合したDMP導入支援、企業へのサイバーアタック、情報漏えいインシデント対応、国内外におけるデータ保護規制に対応したセキュリティアセスメントに従事。セキュリティISMS認証機関公平性委員会委員長、社団法人クラウド利用促進機構(CUPA)法律アドバイザー、経済産業省の情報セキュリティに関するタスクフォース委員を歴任する。自分達のサービスがクライアントのビジネスにいかに貢献できるか、価値を提供できるかに持ちうる全神経を注ぐことを信条とする。

TMI総合法律事務所 弁護士
京都大学理学部にて原子核物理学を専攻し、マサチューセッツ工科大学スローンスクールにてファイナンス&応用経済学修士号を取得。日系大手証券会社と米国系インベストメントバンクにて長年金融デリバティブ部門でキャリアを積んだのち、TMI総合法律事務所に参画。個人情報その他のデータ関係の法務に専門性を有し、各国個人情報保護法に精通する。